CD-ROM REVIEW 奪われた魂を探して「東脳世界」をアドベンチャー 東脳 (TONG-NOU) 「輪廻転生」とは煩悩により三界六道、即ち迷いの世界の中に生まれ変わり死に変わること。『東脳』は東洋的な死生観であるこの「輪廻転生」をモチーフに、アジアの神話や中国の伝承に材を取ったゲームだ。  物語は主人公「リン」が魂を奪われてしまうところから始まる。奪ったのは東の果てに浮かぶ生きた島「東脳」。元々は人の魂を浄化する役割を持った聖なる島だったが、いつからか魂を吸い取ってしまう恐ろしい島と変わっていた。「リン」は奪われた魂を取り返すために、魂を抜かれ弱ってゆく体から力を振り絞り、東脳の島へと向かう。  この東脳の島が、何と人間の頭の形をしているのだ。ブックレットの写真を見ると、どうやら作者である佐藤理(おさむ)氏の頭部をモデルにしているらしい。目玉をぎょろつかせた姿はなかなかに異観である。  東脳世界は五つの国から成り立っている。氷に閉ざされた夢見の国モンチェン、森の中にある生命の国ミンケン、蝋燭に囲まれた時間の国シチェン、黄金で作られた欲望の国ユイワン、そして中心にそびえる山トンノウである。「リン」としてこの島に辿り着いたプレイヤーは魂を奪回するためにこの五つの国での冒険を開始するが、話は一筋縄にはいかない。奪われた魂は五つに分割され、五つの国に散らばっており、また中心の山トンノウは封印され、この封印を解くには「リン」を含め九つの生を全うしなければならないからだ。  先に「アジアの神話や中国の伝承に材を取った」と書いたが、バリのガムランやインド音楽を思わせるサウンドトラックも含め、東洋的なモチーフは作品の味付けとしての素材と考えた方が良いだろう。作者の主眼はあくまでも独自の物語世界の構築を試みることにあるようだ。例えば東脳文字。とつぜん現れるまぼろしの市場。東脳文字は東脳世界で使われる独特の文字で、ゲームを進めるにはこの東脳文字を読み解かねばならない。またまぼろしの市場には独特の物々交換法則があり、この法則に従って、より有効なアイテムを手に入れなければならない。文字にしろ市場にしろ、その世界の文化を形作るものであるのはいうまでもない。そしてこれらの文字、市場法則をはじめ、東脳世界の歴史、地図、ここに生きる生物などを記したいわば博物誌たる「東脳図絵」まで用意されている。東脳世界には独自の文化が息づいているといったらいい過ぎだろうか。  敢えて「独自の世界」といわず「物語世界」と書いたのは、この作品で充分に表現されている世界観、死生観が佐藤氏独自のものと思われるからであり、また至る所に現代社会の寓意が散見されるからである (いささかうがった見方をすれば、東脳世界が佐藤氏の「頭」の中に存在しているのも理由の一つだ)。ブックレット所収の浜野保樹氏による解説に「映像と音声が、ようやく表現の柔軟性において文学と肩を並べた」とあるが、まさしくマルチメディアによるデジタル表現が表現行為として存在価値を持った希有な例として、高く評価すべき作品である。もちろんゲームとしても充分に心躍るものであったことを、念のため申し添えておきたい。  最後になったが、簡単に作者紹介をしておこう。佐藤氏はクリエイター集団「アウトサイドディレクターズカンパニー」を主宰し、グラフィックデザインを中心にCG、音楽などジャンルにとらわれない創作活動を行ってきたアーティストだ。初めてマルチメディアに挑戦したこの『東脳』では、(株)ソニー・ミュージックエンタテインメントが主催する「デジタル・エンタテインメント・プログラム'93」で人物部門、作品部門に於いて最優秀者に選出された。作家性のあるマルチメディアCD-ROMが以外と少ない中、「GADGET」の庄野晴彦氏に続くマルチメディア作家としては最も注目すべき一人だろう。 (青木修)