COMPUARTIST INTERVIEW OSAMU SATO 佐藤 理 『東脳』の世界観のすべてはゲームマスターである私のなかにある 『DEP'93』において最優秀プロジェクトに選ばれたコンピュアーティスト・佐藤理氏による注目のインタラクティブ・アドベンチャーソフトそれが『東脳(とんのう)』である。 インタビュー・文/浅野耕一郎 撮影/中村修介  その日は梅雨時にもかかわらず炎天の1日だった。夕刻とはいえ、焼けたアスファルトとコンクリートは僕らをそう簡単に涼ませてはくれない。都心を少し離れた音楽スタジオにいるという、その男に会うために、距離にかなりのバイアスのかかった略地図を手に、汗を背中と額に、あせりを胸に、僕は歩きに歩いた。  叙情からはほど遠いこんな状況でも、インタビュー記事に付加すれば、それなりの雰囲気を醸し出してしまうのだとすれば、それがロック雑誌ひいてはすべての媒体の虚妄の正体なのだ。「イメージ」は悪だ。 構想は1年くらい前から ⸺コンピュータと出逢ったのが6年前ということは何かで読んだんですが、まず経歴から。 「学生の頃は写真を使ったデザインのようなことをやったり、版画をつくったり。あとは音楽を、テープ編集で音のコラージュのようなことをやってました。そのころにシーケンサーと出逢うわけなんですが、楽器が弾けるわけではなかったので、ああ、これが打ち込みかと。これで自分にも音楽ということができると思いました。そのときはまだMIDIではなくて、アナログシーケンサーとCVゲートでやっていましたが。 マックと出逢ったのは⸺出逢いというほど大袈裟ではないけど⸺デザインの仕事をしていて、IIがちょうど出ていた時期でもあったのでちょっと見てみたら面白かったので購入したんです」 ⸺『東脳』の構想はいつごろからあったんですか?そのきっかけはどのようなものだったんですか? 「やろうと思ったのはちょうど1年くらい前でしょうか。私は基本的にグラフィックをやってたんですよ。'91年に『アルファベティカル・オーガズム』というシリーズの展覧会をやりまして、アルファベットをモチーフに描いたら、個々の文字に期せずして個性がかなりあったんですね。それで次に生物をつくって描きまして、そうすると、生物ですから今度は動かしてみたくもなったので、映像のほうで、音楽に合わせて踊る『アルファベティカル・アニマルズ』という作品をつくってみたんです。それで次はもっと発展させて、個々のキャラクターがいて、動きを持っていて、じゃあこいつらが住んでいる世界ってどんな世界だろうというのをつくって、じゃあゲームにしようと。そういう流れですね」 『東脳』の東洋的な世界観 ⸺『東脳』の世界観にはかなり東洋思想的なエッセンスが盛り込まれているようですが、それでいて少しも啓蒙的でないのが画白いですね。 「(笑)僕自身なんらかの宗教に帰依しているわけではないので、啓蒙しようなんて気持ちは全然ありません。ただ、日本ではかなりリミックスされたような形で日常的に宗教的な慣習がありますよね。そうしたことが自然と出てきてしまうことはあるかもしれない。文明の発祥の地からずっとインド・中国を経て手を変え品を変えて日本に入ってきた諸々の思想的なものって、やはりなんらかの普遍的なものを備えてはいると思うんですよ。とくに意識しなくてもそれは出ちゃうかもしれない。  ただ『東脳』の世界観というのは、ゲームマスターである私が、たとえばあのなかに超近代的な都庁みたいな建物を建てたとしても、それは私がその世界を司っている以上つじつまを合わせることはできるわけですよ」 ⸺それがご自身の顔がアイコンになっている理由でもあるんですね。 「そうですね、まず入ロとして何か要るなというので、それじゃあ僕がゲームマスターだから、耳のなかとかに入って行っちゃうのが面白いかなと。いままでないものでインパクトもあるというので。かなり面白くできたと思います。気持ち悪いという人たくさにると思いますけど」(笑) ⸺今後はどのようなことを企てているんですか? 「企てですか?(笑)じつは『東脳』の次のものには取り掛かっているんですが。べつに『東脳』のようなつづく感じのエンタテインメントのものもあるでしょうし、まあ媒体はどうなるかはわかりません。音楽CDもいま、上のスタジオでやっているのはトラックダウンですけど。これが10月の予定で動いてます。映像のほうもね、インタラクティブ性とかじゃなくて、音と映像の作品を。ハードもビデオCDみたいになってくると思うんですよ、そこに向けてもタイトル作成中です」 ⸺いまの計画のなかで、インタラクティブシネマについては、なぜ否定形なんでしょう。 「映画の場合、インタラクティブでわかんないです。わざわざインタラクティブ にしなくてもいままでの映画で十分に楽しめると思うんですよ。インタラクティブであることだけが売りである作品をつくるくらいなら、きちんと映画をつくったほうがいいと思うので、デジタルだからすぐインタラクティブシネマというふうにはいきませんね、私は」 ⸺媒体の特性についてはかなり敏感ですよね。 「電子メディアは確かに面白いけれど、紙媒体は紙媒体で面白いんですよ。今度7月にやる展覧会ではグラフィックを100点近くと『東脳』と、ほかにもCGを展示するんです。これまでの私の作品の原点から最近作までの全体的な展覧会になるんですよ。グラフィックでもずーっと見ていて手もとに置いておきたいという人にとっては長時間見られるエンタテインメントになりえますしね。デジタルでも、私の思う作品が世に出していければいいなあというのがいまの気持ちですね」 ⸺それでは作品がまず頭に浮かんで、それに合った媒体を探すというわけでもないんですね。 「それは両方あります。初めから媒体が決まっている今回のCD-ROMみたいなものもありますし。そう。『東脳』という作品も、今回はソニーさんがバックアップしてくれましたけれども、つくり始めた当初はだれかに頼まれてつくったわけではないので、自分でなんとかする方法も考えていたんですよ。どんな作品でもつねにアイデアは考えていて、あれがつくりたいこれがつくりたいというような感じで、それじゃあつくるにはどうすればできるかなあと。そういう順序が頭のなかにありますね。考えるだけどの人もいるでしょうし、ただ描いているだけの人もいるでしょう。私は考えて、実現の方法を考えて、実行するということをやってきたんで、ポっと出てきたという気持ちはないんですよ」 とにかく自分でつくること ⸺今日はスタジオにコンピュータをもう1台お持ちですね。 「そう、トラックダウンなので、僕がいなくても仕事は終わるんだけどそうはいかない(笑)。スタジオに入ると8 時間とか12時間とか平気でかかるでしょう、展覧会も近いので新しいCG描いてるんですよ。自分の曲を聴きながらやっているので何かしら影響は受けているんでしょうけど、かなりいい空間ですよ」 ⸺スタッフを選ぶときのポイントは何ですか? 「私にできないことができるという、特化したプロフェショナルですか?そういう人ですね。よく『サイボーグ009』というんですけど、異なった技能が集まるとか、そういうことですね。私が学生のときは、まあ遊んだりもしましたけど、音をつくってたり、版画つくってたり、とりあえず何かつくってましたね。いことや目標があるのであればいろんな人のつくったものを見たり、とにく自分でつくったりするのがいいんじゃないかな。自分で見極めをつけて、そこに向かって行けば、いいんじゃないかと思います」 * 佐藤理氏は背が高く体が大きい。そのうえかっこいい。その巨体に似つかわしくないと思えるほど淡々と話す。そしてゆっくり話す。それは絶えず実行に移してきた氏の、イメージから実行にまでの、踏みしめるようなテンポそのものなのかもしれない。 『東脳』 ●“ある朝、リンは自分の魂がなくなっていることに気づいた。それは東の果ての島『東脳』のしわざらしい。リンは自分の魂を取り戻すことを決意。旅立つ前に、社で白蛇から風呂敷と御守りを、そして社の老人からは仮の魂を授かったリンは、自分の魂を取り戻すため、『東脳』の島へ向かう”。アシアの神話や中国の伝承をモチーフにしたインタラクティブ・アドベンチャー。「輪廻転生」をゲームシステムとして取り込むなど斬新な発想で、プレイする者を9回の生に巡り逢わせる。(ソニー・ミュージックエンタテインメント/マッキントッシュ対応ソフト/発売中/税込¥10,094) さとう・おさむ/1960年京都生まれ。コンピュアーティスト。祖父、父ともに写真家。幼いころから芸術家たちが多く出入りする環境に育つ。1979年から1年間渡米。日本の美術・工芸系の大学をふたつ卒業。1988年『アウトサイドディレクターズカンパニー』設立。'93年 DEPアーティスト第一単としてデビュー。