あの傑作ゲーム「東脳」で各賞を総ナメにした マルチメディア・クリエイター 佐藤理さんに聞く コンテスト・ブレイクスルーはあるのか? 専門能力と技能を磨いていけば、それなりの仕事に就くことは確かにできる。しかし、そこで甘んじていられないのが、クリエイターである。世間に自分の才能を知らしめるチャンスをどうやってつかむか? 取材・文 渡辺真一 Shin-ichi Watanabe 撮影 坂本禎久 Yoshihisa Sakamoto  93年に、ソニー・ミュージックエンタテインメント主催のデジタル・エンタテインメント・プログラム(DEP)作品部門、人物部門で最優秀賞を受賞し、オリエンタルな世界観を全面に押し出した快作『東脳』でテジタル・ゲーム業界に衝撃的なデビューを飾った佐藤さん。大きな会社に入社するのではなく、実力優先のコンテストという形でデジル・クリエイターとしての将来を手に入れた彼は、同じ夢を持つクリエイターの卵たちの偉大な先人といえる。そんな佐藤さんに、コンテストの意義やデビューの現状などの話を聞いてみた。まずは佐藤さん自身のデジタル・メディアへの入口から話を始めよう。 「当時、僕はグラフィック・デザインをやっていたんです。並行して音楽を作ったり、そのプロモーション・フィルムやコマーシャル・フィルムを作ったり。時期的にマルチメディアと騒がれ始めた頃で、グラフィックや音などを統合してできるような新しいメディアが、たまたまCD-ROMというものだったんです。僕が作る前は、実際に売られているものも数が多かったわけではなく、見た限りでは『凄いな』と思う作品もあまりなかったんです。当時CD-ROMを作っている人はプログラムを作っていたり、コンピュータが好きでやっている人が多かった。だから、実際に出てくる絵や音楽がカッコいいものがなかったんです。僕はどちらかというと美術やデザインから入っていきましたから、もうちょっと違うものが作れるんじゃないかと。そう思って応募したんです」  では、これからクリエイターとして名を上げようとする人にとって、コンテストはどんな意味があるのか。受賞イコール即メジャーデビューというわけではないようだが……。 「きっかけがないと誰にも見てもらえないなら、賞でも何でもとにかく注目される必要がある。デジタル関係の賞もいろいろですが、応募対象がアマチュアだったりプロだったり。賞金はもらえないけど、栄誉があるものもある。どれがいいとは一概にいえないけど、ただ、人間って目標がないとやらないでしょう。だからけじめとしてここに出すために『頑張ろう』って決めるのは悪くないと思う」  自分を鼓舞するための一つの目標。それがコンテストというわけだ。さらに佐藤さんは、こう続ける。 「作り手にもクリエイターとアーティストの違いがある。クリエイターというのはたくさんいて、大きな会社ですごい機材を使ってTVなんかで放映されているようなものを作っている人から、小さいところでやっている人まで。さまざまな分野でデジタルクリエイターと呼ばれる人はいる。  それに対して、アーティストとは、独自の作風をもつ作品を、商業ベースに乗る乗らないにかかわらず、自ら発表している人です。デジタル周りの物って、作品自体が必ずしも売り物ではない場合がありますから。特にゲームの場合だと、100%その人の作品というのもむずかしい。作り手、作るもの、発表の形、それぞれにいろいろなスタイルがあるんだと思います。だから、自分に合ったコンテストを探すことが必要で、チャンスをつかむためだったら、やはり数多く作って応募するしかないんじゃないでしょうか」  そういう佐藤さんだが、はたしてDEPへの自作の応募は、“数多く撃った弾”の1つだったのか? 何を表現したいのか、明確に伝わらなければ意味がない 「じつはその頃、SONYはまだCD-ROMをやっていなくて、むしろ多く作っていたのは東芝EMIだったんです。でも僕らはSONYのラジカセで育った世代ですから、SONYのブランド・イメージが強かった。あわよくば世界発売できればとも考えた(笑)。それで、SONYにそういうことをやっている部署があるかどうかも知らないまま電話をかけて『作品があるから見てくれ』といったら、そこの人が見に来てくれて『今度こういうのを公募するから出してくれ』と。それに出したら賞をもらったというのがいきさつです」  結局、佐藤さんの受賞作『東脳』はその後、『Eastern Mind』というタイトルで世界発売を果たした。聞いてみれば、この作品か世に出るきっかけは、オーソドックッスな持ち込みという形であったともいえる。いまでは、逆の立場になっている佐藤さんだが……。 「持ち込みでも、本当にちゃんとしたものを作ってくれば、僕の世代の人や僕の先輩くらいの人たちは見てくれると思いますよ。僕もそういう作品を見ますしね。ただ『何をやりたいのか』が明確に分かる物が欲しい。いきなりデータだけで持ってこられても……せめてプリントアウトしたものや30分か1時間のビデオにした物を使って、プレゼンテーションするつもりで持ってきてほしい。それはコンテストでも同じです。僕が受賞した時には面接もありましたから。  売り込みという意味では、インターネットのホームページに自分の作品を載せておくという形もある。ただ僕の経験からいうと、面白そうだと思っても、なかなかメールを出すところまでいかない。実際にお金の動くプロジェクトではなおさら。その人の人格やバックボーンが分かりにくいぶん、即仕事につながることはむずかしいかもしれません」  コンテストや持ち込みの他にも、ブレイクスルーを夢見ている人たちにとって、企業内でクリエイターとして頭角を現わすための方法も気になるところだ。実際、佐藤さんが代表を勤めるアウトサイドディレクターズカンバニーではどうなのだろうか。 「独立の方法っていろいろあるんだと思いますよ。たとえばゲームを作るのに1人では無理でしょう?そうしたら会社を作って社長をするとか。フリーになってどこかの会社のプロジェクトにちょっとずつ参加するという方法もあるけど、それでは会社にいるのと変わらないし。第一、楽しくないだろうと思いますよ、そういうのは。  うちはまだゲームとか売れてないですから、あまり好条件の会社ではないですが、夢を持って変わったことをしていこうとしている、そんな人間が集まっている場所という感じです。ゲームが売れたら、僕というよりスタッフが優秀だということになります。だから僕は『大きい会社から引き抜きにくるくらい売れるゲームが作れたら、外に出て行ってもいいよ』ってみんなにいっているんです。ま、それは半分冗談ですけど、それぐらいの考え方でいいと思うんですね」  どの方法を選ぶのであれ、デジタルクリエイターとして実力を認められたとしよう。少し気が早いかもしれないが、その後、クリエイターはどういう道を歩むのだろうか。佐藤さんの今後の予定も含めて、最後にそのあたりのことも聞いてみよう。 「『東脳』の頃はスタッフが3、4人だったのが、いまではスタッフが12〜13人います。当時監督的に『こういう物を作ろう』ってやっていた作僕が、5年たったいまでは実際に自分の手を動かすことは少なくなっています。現在着手している作品に、今春発売予定の『LSD』という物があります。これは夢の中をふらふら散策する、ちょっと不思議な散歩ゲームです。すごく眠くなるし、音楽もすごくヘンな感じです。  もう1本アドベンチャーゲームで『東京惑星』というのもあります。これはタイトルと設定だけを考えついたもので、僕はストーリーとか設定ができた時点でキャラクターデザインで参加することになっています。内容の細かいディレクションやシステムに関しては僕はもう何もいわないで、若い人がやっていくという方式なんです。  昔とは立場も変わったし、やり方自体も変わっている。やりたいことを一生探しているような感じなんで、いまはゲームをやっていますが、何年か先は何をやっているか分かりませんね。なんらかの表現活動をやっているとは思うんですけど」  コンテストはブレイクスルーのためのあくまで一里塚。さらに先の道標を目指して、形はどうあれ、表現活動はさらに続く。それがクリエイターの本来の姿なのだ。 Osamu Satoh Profile 1960年、京都生まれ。京都工業繊維大学、嵯峨美術短期大学卒業。有限会社アウトサイドディレクターズカンパニー代表。92年、アドビデザインコンテスト'92年特選受賞。92年、デジタル・エンタテインメント・プログラム作品部門・人物部門最優秀賞受賞。94年、マルチメディア・グランプリ'94MMAアーティスト賞受賞。主なCD-ROM作品に「東脳」「中天」、エデュテインメントソフト「ローリーポーリーズの七転び八起き」などがある。ほかに著作として「Comp Desingh(sic)―カタチの発想法―」、作品集「The Alphabetical Orgasum(sic)」、音楽CD「Transmigration」などがある。問い合わせ、持ち込みなどについての連絡はE-mailでinfo@osad.co.jpまで。 (有)OSDのホームページアドレス: http://www.compu-osd.com (Eastern Mind screenshot caption) 第1回DEPで最優秀賞を受賞した「東脳」の画面。奇妙な「トンノウ」の島を舞台に、奪われた魂を探して輪廻転生を繰り返していくインタラクティブ・アドベンチャーゲーム。 Osamu Satoh Creative World 佐藤さんのクリエイティブ・ワークのフィールドは、ゲームの分野だけではない。著作、ビデオCD、音楽CD、イベント......。デジタル・エンタテインメントとしてのゲームは、たまたまいま佐藤さんが関心のあるメディアの1つでしかない。ゲームのこだわらないところが、じつはゲーム作品の深みを作っている。そんな佐藤さんのマルチな才能が結集されたゲームが、今春発売を予定されている「LSD」(プレイステーション)だ。ある人物が過去10年間に見てきた夢の世界をさ迷い、不思議な経験をしたり、奇妙な風景を目の当たりにする。アドベンチャーでもなく、アクションでもRPGとも違うユニークな世界が繰り広げられる。あえてジャンルをあげるとすれば「散歩系ドリーム・エミュレータ」だという。左は都内のクラブやレコードショップにも置かれている「LSD CARD」。 (LSD screenshot caption) 佐藤さんがプロデュースしたエデュテインメントCD-ROM「バナバナ1号~ローリーポーリーズの大冒険~」(シンコー・ミュージック)。守備範囲は広い